【ちーコラム】15年前 中高生のインターネット

奉仕精神が基本的にないので、世のため人のためになることを書こうとするとなかなか筆が進まないということにようやく気がついた。

なんでもう何も気にせずコラムでも書こう。名付けてちーコラム。

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中高生の時って本当にネットが面白かった、と家路に着くコンクリートを蹴りながら考える。今のネットが面白くないというワケじゃない。あの時のインターネットは現実と乖離して存在するもう一つの世界だった。

アラサーを目の前にして震えているような年齢なので、ちょうど携帯小説が鬼のように流行った世代。中高生はみんな前略プロフィールを持っていて、そこには全く意味のない掲示板とカウンターが存在した。ネットの世界のどこかでは、どうやら2チャンネルというものが在るらしく、ネットリテラシーが比較的高くて現実世界で承認欲求を満たしきれない学生はブログを開設して、一人でも多くの人の目に止まろうと大手ブログランキングに参加していた。

私も中高生ブロガーの一人だった。

ブログのコメント欄をオープンにしておくと、実際生きていたら立地的にも年齢的にも出会わない人との交流が爆誕する。今ほどホイホイ顔写真をあげなかったから、その空間はどのセンスで文字を並べるかだけの世界で、故に自分の肌に合わない人や自分のユーモアに共感がない人は一切足跡を残さず、私のブログにコメントをしてくれるのは私みたいな渋めなテイストの中高生だった。高校生なのに美容院でブルータス読むなよ、お前ら。

なんやかやあって実際に会ったことがある人たちもいる。メール友達になった人もいる。高校三年生で捻くれて北海道をひとり旅した時、札幌を案内してくれたのはブログで仲良くなった2歳年下の女の子だった。彼女が屋台でトウモロコシを買って、昼間のすすきのの公園で食べることを教えてくれた。会ったことはないけど、九州の某県に住んでいる年下の女の子から人生初彼氏の報告がきて、デートでイオンに行くという概念に度肝を抜かれた。(当時、関東民にとってイオンはただのスーパーだった) 今思えばその完全に切り離された世界がふとくっつく瞬間にたまらないスリルを感じていたのかもしれない。なんだか空が大きな手で切り開かれるみたいに、その時は狭くて窮屈な現実の世界がグワっと広がる気がしたのだ。

ほんの十何才のちんちくりん同士が、第二の現実の中で承認欲求を満たし、お互いのユーモアのセンスを尊敬しあい、悲しいくらい狭い中高生の現実世界を嘆く心を隠して戯れる。それは明日を楽しみに生きていけない日もある学級ヒエラルキーの中流層にとって、大事な娯楽であり逃げ場だった。

今流行りのnoteとかの、著名人がさらっと書いたのに乗っかって、なぜか自分も書いたらfacebookで書きました〜とか言わなきゃいけない空気感。それは私が昼夜ドキドキしていたインターネットではなくなってしまった。SNSの発展やネット起点の著名人の活躍で、インターネットの世界と現実世界の承認欲求が同じものになってしまったね。別の世界を求めてあそこにいた人たちは、今どこで呼吸をしているのだろうか。私と同じように今も、いろんな壁を押してみながら、抜け道を探しているのだろうか。

 

 

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